令和五年葉月(2)『厩図屏風』、魚屋北渓『玉川布晒し図』、インド細密画『ラーダーの髪を編むクリシュナ』

東京国立博物館本館2階の3室には、珍しい屏風が展示されていました。室町時代の作品で、重要文化財の『厩(うまや)図屏風』です。室町時代は戦乱が続く武士の世でした。武士たちにとって馬は戦場での乗物であるばかりでなく、貴重な宝物だったようです。この絵では、邸宅と変わらぬ立派な厩が建てられ、馬は板張りの部屋の中につながれています。この屏風には馬だけでなく鳥や獣、ゲームで遊ぶ人々が描かれており、当時の風俗がしのばれます。右隻には囲碁を打つ人々、馬の前で寝転ぶ人、犬や白鷺が描かれ、のどかで静かな時間が流れています。

『厩図屏風』室町時代・16世紀 六曲一双の内右隻 展示期間2023.8.8-9.18

左隻では、将棋や双六に興じる人々や猿が描かれています。馬たちは何故か興奮して騒いでいます。双六を打つ人々がきっと何かを賭けていて、その興奮が乗り移ったのでしょう。左端の人物が、馬を見て何かを語り掛けてなだめているようです。

同上 左隻(部分)

16世紀に日本を訪れたルイス・フロイスが立派な厩を見て、「馬を休息させるというよりは、むしろ身分の高い人々の娯楽用の広間に類似していた」と書き残しているそうです。本当にこの絵のような厩があったのですね。

 

次は、本館2階10室に展示されている肉筆浮世絵、魚屋北渓(ととやほっけい、1780~1850)の『玉川布晒し図』です。北渓は北斎の弟子で、四谷で大名向けの魚屋を営んでいたので、画号にも魚屋(ととや)と付けていました。若い頃狩野派の絵師について学んだため、絵の基本がしっかりしています。

魚屋北渓『玉川布晒し図』江戸時代・19世紀 展示期間2023.8.29-10.1

この絵では、調布の玉川の川辺で、竹竿で布をさらす若い女性と、杵で布を打つ年配の女性を対照させて描いています。若い女性は玉結びの髪に両襷掛け、格子縞の帯に赤い湯文字。年上の女性は姉様かぶりに片襷掛け、更紗の帯に白い湯文字を身に付けています。薄墨を基調にした淡い色の背景の上に、鮮やかな色彩をまとった二人の姿が浮かび上がっており、空にはホトトギスが飛んでいます。若い女性の健康的で大きな足のそばには蟹が一匹います。さすが魚屋です。

 

東洋館地下の13室に、おもしろいインド細密画『ラーダーの髪を編むクリシュナ』が展示されていました。

『ラーダーの髪を編むクリシュナ』カンパニー派 インド 19世紀後半 
展示期間2023.8.29-9.24

クリシュナはヒンドゥー教の神様です。インド神話にはたくさんの神様がいるのですが、クリシュナは、最高の神でありながら、人間臭いところがあり人々から大変愛される英雄でもありました。クリシュナという名は、本来、「黒い」「暗い」「濃い青の」「皆を引きつける」を意味するサンスクリット語に由来するそうで、この絵でも青黒い肌で描かれています。そして、何よりもこの絵の特徴は西洋風の構図で描かれていることです。宮殿の中で恋人ラーダーのかたわらにひざまずくクリシュナのポーズは、ルネサンス期の受胎告知の天使を連想させます。暗い室内と明るい窓の外の光景の対比も西洋的です。日本の浮世絵が長崎経由もたらされた西洋の画法や画材に影響されて発展し、それが幕末には西洋の印象派に影響を与えたように、文化の交わるところにはおもしろい作品が登場します。ただ、この絵が描かれた19世紀後半、インドはイギリスの植民地でした。やがて独立運動も盛んになる難しい時代だったことも忘れてはならないでしょう。

 

なお、本館2階国宝室には国宝『法華経 譬喩品(久能寺経)』が展示されていました。金銀の切箔が散りばめられ、銀泥で鳥や草などの下絵が描かれた豪華な料紙に、藤原定信の流麗な文字が記されています。今回公開部分の結縁者(その巻の制作を担当した人)として、崇徳上皇後白河上皇の母であり数奇な運命を生きた待賢門院璋子(1101~45)の名が巻末に記されていました。寄託品のため撮影禁止でしたので、残念ながら画像をご紹介できません。

 

☆このブログは、4週間ごとに展示作品が替わる東京国立博物館の国宝室と浮世絵の展示替えにあわせて更新しています。次回は10月初めを予定しています。

 

参考文献

室町時代の屏風絵』東京国立博物館 朝日新聞社 1989年 他